決定打

テキ棟で飼っているマイケルさん(猫)が朝ごはんを食べていた。頭蓋骨をイメージしながらおでこを触ったら、キャットフードを噛み砕く顎からの振動がゴリゴリ音を立てて私の手に伝わってきた。木の幹に聴診器を当てて水を吸い上げる音を聴くような感じに似てる気がした。


みんなが作業している横で身辺整理を始めるのは悪いけれど。山のような荷物を少しずつ捨てたり誰かにあげたり持って帰ったりして片付けた。袴レンタルのメーカーが出張で多摩美に来ていたから、マイマイと一緒に見学したけれど、おもちゃのような袴がたくさんあって面白くて笑ってしまった。係のひとは優しいおばさんだった。親戚のおばさんのようにあれこれ強引に試着させてくれて、すてきねぇすてきねぇと言っていた。こんなものかと思ってしまえばそうかもしれないし楽しければ何でも良いのかもしれない、大学は最後までお祭りなのだと思った。何か大きい流れの終点にいる今の自分が凄く馬鹿みたいに思えて楽しくて悲しい、みたいな感情が湧いてくる。卒業式を欠席する理由を考えていたら、どのみち文藝春秋の試験日だということを思い出した。明日の卒制講評会が終わったらどんな気持ちになるか想像つかない。




背中を向けたまま返事もしない俺に、宏美は「私、帰るから」とは言わなかった。「帰るから」とも言わずに帰ってしまった。
帰るから、という言葉には続きがありそうに思える。でも、帰る、という行為にはその続きがない。
— via「静かな爆弾」吉田修一


彼は、彼にとっては誠実にことを進めようとする少しのうぬぼれと後ろめたさから知らないうちに意地の悪い緊張感を漂わせており、
ふたりともが思ってもみなかった冷たい声で飲み物を注文したときにそれはふたりのあいだで決定的なものを生んだようだった。
— via「発光地帯」川上未映子