卒制ひとだんらく。昨日の午前に審査があって、午後には採点結果が出た。無事合格した。それでも、評価に関係なく、なぜか全員が制作を続行している状態で、何の終焉の雰囲気もない。私もミスプリ(色失敗)の生地だけ刷り直す。来月の公開講評会まで諸々の猶予がある。今日も作業部屋にひとがいる。誰も卒業しないんじゃないかという感じがする。テキの四年生は、就職と院とアーティスト活動などを除いてもまだ八割のひとが進路未決定で、なんだかここは浮世離れしてる。


グーグルリーダーに「アゴラ」のフィードを登録して全部読んでいるが、最近は、来春卒業する大学生の非内定率五割弱について投稿が多い。諸説あるなか、色んな立場の大人が好き勝手言っている。特に池田信夫の記事。「少なくとも経済成長という観点から大学教育は社会的浪費であり、公的助成の対象にすべきでない」と述べている。そりゃそうだ。分かってる。


どっちの意味でも、美大はお金持ちの家の子供に相応しい。みんなは展望が無くても世間一般と違って社会の荒波と何ら関係がないふうである。それぞれ “制作” には相通ずるものがあるとしても、“生活” の価値観の相違が半端無い。制作への想いやスキルは個々人の修養でも生活の価値観は家庭環境に準ずる。だから、何が良いか悪いか定義しない代わりに早く「いち抜けぴ」を言う必要があった。もっと早くここから出る選択があったかもしれない。自分の受容性の無さとワガママ込みで今だから正直に振り返ると、四年間、周りの年齢差と志向性の違いだけずっと苦しかった。自尊心が腐っている!のかもしれないが、ここだけやっぱり、成長できませんでした。