透明感

梅雨なのに妙な天気。どしゃぶりでも良いのになあと思う。梅雨は、六月の唯一のアイデンティティだからみんなきっと大目に見てくれる。


このまえ、布を買いに日暮里へ出掛けた。そのときはカンカン照りだった。学校に帰ると、キムに呼び止められて、ギンギンに冷えたオレンジをプレゼントされた。あまりの突然さとその鮮やかさにちょっと狼狽えた。直前まで、染め部屋の冷蔵庫に入れてたらしい。メッセージ入りのシールが貼ってあり、こんなプレゼントは初めてで、すごく照れた。差し出すキムがとてもかわいく映ったからかもしれない。それを手に持って廊下をうろうろしてるときに思ったけど、オレンジは花束とかと同じくらいの気恥ずかしさがある。


わたしの学校には売店がふたつあって、絵画棟に近いお店ではときどきリンゴがそのまま売っている。絵画系の学生が、まるかじりしてるのをたまに見かける。冗談としてのまるかじりなのか本気なのかわからないながら、なんか笑ってしまう。なんとなくあれに似た感じもするなあとふと思った。


リンゴ学生を見かけるたび、わたしがまだ一年生のころだったか、もう一方の売店で印象的な場面に遭遇したことをつい思い出してしまう。彫刻科ふうの女のひとがスッと入ってきて、ホワイトの板チョコとミネラルウォーターを買っていくとこ。石膏まみれの作業服で、頭にタオルとゴーグルを巻いてて、顔は二度見するほど端正で、じんわり汗をかいてて、それで “ホワイトチョコとミネラルウォーター” なのだから意表突くというか、なんて慎ましい透明感だろうと思ったこと。