あんまり会えない人のことは、何彼に付けて心配してしまいます。最近、めっきり降らない雨のことを気にしています。「好きな天気は雨です」と言った人がいて、私はこの言葉の響きがなかなかに気に入っています。まだ生きてきた人生が短いから、雨は雪と同じくらい特別なものに思います。とは言え私の来世はもう決まっていて、それは雨です。それを凄く悲しい夢の中で知りました。


死んで魂になった私は、頻く頻く泣きながら六つの小さな光の点になって激しい嵐の中を上昇していくところで、暴風雨の乱気流にのまれて汚い灰色の雲の中にいた。上に向かっていく自分に相反して勢いよく落下していく雨を羨むのだった。私は生まれ変わったら雨になりたい、こんなふうに雨になって、できるだけ静かな雨となって、こうやって、地上に降り注ぎたいと、そう切々に思ったのを憶えています。雨になる、これは自分が決めたのでした。




雨というできごとにまだ不慣れだ。
空から水が降ってくるという不思議な光景に魅かれてしまう。
雨が降ってくると私はできるかぎり高いビルを探して屋上へいく。
目を澄ましても、手に触れても雨を知ることはできない。
その遥かなできごとに感覚をゆるす。
誰にも口にできない領域があることが私たちの救いだと思う。(三宅章代/写真家)




「雨の匂いってあれ一体なんだろうね、好きだけど」と思ったことある人、結構いるんじゃないでしょうか。私も好きなのですが、雨の匂いのもとって二つあるそうで、最近教わりました。一つは植物が発する油の匂いだそうです。雨が降る直前、湿度が高くなると鉄分と反応して匂い始めるのらしい。もう一つは、地球の匂いだそうです。“地球の匂い” と言ってくれたところに何だかときめくのですが、本当は湿った土壌の細菌が出すジオスミンという物質で、つまり菌の匂いというか、大地の匂いと言うか、まあ地球の匂いなのでした。


独特の匂いと音と、その圧倒的な存在感で降りてくる雫は、外界から私たちを遮断して閉じ込めるよう感じがします。雨足が強ければ強いほど思考が冴えるというかそんな気がして、何だかこう、ゆっくり考えたいことがあって、ゆっくり心配したいことがあるから、だから私は雨を心待ちにしているのかもしれないです。